読売新聞「論点」(2002.5.10)
「資源安保」に原発は有用
金子熊夫(エネルギー環境外交研究会会長・外交評論家)
イスラエル・パレスチナ紛争に伴う中東情勢の緊迫化により原油価格の高騰が続く中で、世界的にエネルギー安全保障問題が表面化している。原油の対中東依存度が極端に高い日本にとっては、まさに「油断」のならない状況である。
他方、8月末から南アフリカのヨハネスブルグで開かれる国連環境開発会議(地球サミット)を控え、京都議定書の批准を急ぐ日本政府は、3月に「地球温暖化対策推進大綱」を発表したが、その中で、二酸化炭素等の削減目標を達成するためにも、原子力発電を今後10年間に約3割増加する必要があるとしている。
このように、原子力は、エネルギー安全保障と温暖化対策の両面での切り札として大いに期待されているが、にもかかわらず、近年続いた事故等の後遺症で、相変わらず厳しい逆風下にある。政府も、原子力推進は「安全性を大前提として」と常に強調しているが、全く当然である。
原子力を巡っては、このほか、六ヶ所村再処理工場、プルサーマル計画の実施、使用済み核燃料の中間貯蔵等々一連の技術問題、さらには電力自由化との関連での競争力・コスト等の経済問題も山積している。
確かにこれらはいずれも重要な問題点だが、そうした国内レベルの技術的、経済的視点だけの議論で十分だろうか。一般にエネルギー問題は、高度の国際政治性、戦略性を持っているが、とりわけ原子力についてはその傾向が強い。そのような視点でとくに注意すべき問題点をいくつか指摘しておきたい。
第一に、冒頭で指摘したように、現在日本の輸入石油の対中東依存度は、第1次石油危機直前の水準を超え、90%近くに達しており(米国は15%程度)、先進国中で脆弱性が際立って大きい。しかも、危機の火種はペルシャ湾岸に止まらず、インド洋、マラッカ海峡、南シナ海等々、日本向けタンカー経路の至る所に潜在している。こうした現状に対し日本人はあまりにも無警戒だが、原子力はそのような緊急事態に対する「保険」としても不可欠ではないか。
第二に、中長期的にみたアジアのエネルギー安全保障への不安が高まっている。巨大な人口を擁し驚異的な速度で工業化する中国、さらに長年産油国であったインドネシアまでが原油輸入国化しつつあり、その結果中東石油や南シナ海の海底石油・ガスを巡るエネルギー争奪戦の激化は避けられない。
こうした状況を少しでも緩和するため、アジア各国は、石油代替エネルギー(自然エネルギーを含む)の開発を急いでいるが、それだけでは所詮不十分で、やはり原子力発電に一定程度頼らざるを得ない。とりわけ原子力先進国である日韓等が原発を継続すれば、その分だけでもアジアの石油需要緩和に寄与するという効果がある。
第三に、石油、天然ガスの国際市場において資源小国日本が、産油国やメジャー(国際石油資本)との価格交渉で不利を蒙らないためには、原子力は有力な「カード」である。このような認識は、中東等で実際に苦労した人々以外、全く欠如しているのではなかろうか。
第四に、米、露、英、仏、中のように国際条約で核保有を公認された国の場合は、仮に原子力平和利用(原発)を全廃しても、軍事利用(核兵器製造)の面で技術を温存できるが、自らも国際条約上も厳に平和利用オンリーの日本はそれはできない。いずれ到来するであろう高速増殖炉の実用化時代に備える意味でも、日本はこれまで独自に蓄積してきた技術や経験を維持発展させる必要がある。
さらに言えば、唯一の被爆国として核保有国に対し核軍縮、核廃絶を強く迫る上でも、自前の原子力の知識と経験は貴重な武器であるという点も忘れるべきではあるまい。
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(財)日本国際フォーラム理事、
元外交官、ハーバード大学法科大学院卒、愛知県出身、65歳。