「プルサーマル」って何?
<変な和製英語の弊害>
金子 熊夫
この1、2年、とくに昨年5月の新潟県刈羽村の住民投票以来、国内で大きな話題となっているプルサーマル計画について、かねてから気になっている点を1つ。
実は、私が「プルサーマル」という奇妙な言葉に初めて出会ったのは、今から四半世紀前、1970年代の半ばで、当時外務省に新設されたばかりの原子力課の初代課長として、東海再処理工場の運転、英仏再処理委託やプルトニウム利用問題に関する対米交渉を一手に担当していた頃です。
その当時は、本格的なFBR時代もあと20〜30年で到来するだろうという楽観的な見通しが支配的で、プルサーマルはそれまでの「つなぎ」という認識でした。米国は当初日本のプルサーマル計画に猛反対でしたが、日本側が、FBR実用化まで余剰プルトニウムを出さないためには軽水炉でも燃やす必要があり、それが核不拡散上も一番確実で、経済的だと強調して、米国政府の承認をなんとか取り付けたわけです。いずれにしても、この、いかにもJapanese Englishくさい言葉は、原子力村の専門家の間だけで通用する隠語(業界用語)の1つに過ぎないと考えていました。
ところが、13年程前に退官し、大学で教えるようになってから、久しぶりに「昔取った杵柄」で原子力との付き合いを復活して最初にびっくりしたことは、この奇妙な言葉が、原子力村を出て一般社会でも通用するかのように、マスコミで盛んに使われていたことです。 とくに昨年は、5月に新潟県刈羽村でプルサーマル問題に関する住民投票があったりして、この言葉はすっかり有名になってしまいました。 とはいっても、地元の勉強家の市民は別として、全国の一般市民たちがどれだけこの言葉の科学技術的な意味内容を理解しているか、やはり疑問だと思います。
そもそも、なぜこの業界用語的な言葉が世間一般に広まってしまったのか。もっと早い時期に、素人にも分かりやすく、誤解を生まないような言葉をなぜ考え出さなかったのか。「プルサーマル」などと言えば、一般の人々が、プルトニウム=核兵器=危険=嫌いという連想をするのは当然でしょう。 私は、これは専門家の怠慢のせい以外の何物でもないと思います。
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もっとも、これと似たようなケースは世の中には多々あります。 例えば、私の専門である外交、防衛問題で言えば、「PKF」という言葉がいい例です。日本では、10年前の湾岸戦争で一躍有名になった国連PKO(平和維持活動)とは別に、PKF(マスコミは「平和維持部隊」と訳している)という言葉が盛んに使われており、国会でも、「自衛隊はPKOだけでなくPKFにも参加できるように制度改正をしなけりゃいかん」などという議論があります。 ではPKOとPKFが具体的にどこがどう違うのかと正確に答えられる人は少ないはずです。 しかも、PKFというのは、日本だけの用語で、国連や外国ではほとんど通用しません。 従って、PKFうんぬんの議論は、憲法9条絡みの特殊事情を抱えた日本国内でのみ通用するもので、事情を知らない外国人にはチンプンカンプンだと言ってよいでしょう。
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大体同じことが「プルサーマル」についても言えるのではないでしょうか。科学技術的なことは専門外ですが、私が専門家たちから聞いて理解しているところでは、プルトニウムとウランの混合酸化物(MOX)燃料を軽水炉で燃やすのと、普通のウラン燃料を燃やすのは基本的にそれほど違わないし、そもそも通常の軽水炉の中でもプルトニウムが燃えているわけです。 ならば、わざわざ「プルサーマル」などという特別な言葉を使う必要は最初から無かったということでしょう。 もちろん、「白を黒という」類の嘘を一般市民に教えるべきではないし、その場凌ぎの姑息な手段は使うべきではありませんが、逆に、わざわざ誤解や恐怖心を煽るような言葉を使う必要もないわけです。
いまさら仕様がない、too lateだという意見もありましょうが、私は、今からでも決して遅くないから、このプルサーマルという言葉は、他のもっと適切な言葉で置き換えるべきだと考えています。言葉というものは、何かのきっかけで変えられるものです。例えば、エイズの代わりにHIV、狂牛病の代わりにBSEというように。
この機会に、もし日本で今後「プルサーマル」に代わる言葉を使い始めるとすれば、どういう言葉がいいのか、みんなで知恵を絞ってみようではありませんか?
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(財)日本国際フォーラム理事
エネルギー環境外交研究会会長
元外交官・東海大学教授
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(関西電力 「Insight」 2002年 月 日掲)