情けは人の為ならず?
金子熊夫
新年早々、北朝鮮核開発、イラク攻撃、東電事件後の日本の原子力等々緊急に論ずべき話題が山積しているが、折角の機会だから、前2回(昨年10月22日及び11月26日)に続きベトナムの原子力発電問題について今少し書いておきたい。
2ヶ月間に及ぶ今回のハノイ滞在中改めて実感したことだが、現在ベトナムでは、長年の立ち遅れを一気にとり戻すかのように、急テンポで経済開発が進行している。そのため、今のペースで経済発展が続くと、早晩深刻なエネルギー不足に陥る惧れがある。
現在同国の総電力量は約300億kWhで、現在の日本の約30分の1、昭和30年代初期の規模に相当する。その54%が水力、28%がガス、8%が石炭という構成である(2001年)。水力は北部中心で、新規にいくつかの大型発電所が計画されているが、いずれ後15年くらいで限界になる。中南部は火力発電がメインだが、急増する需要をカバーするのは難しい。
そこで原子力への期待が高まるわけで、一昨年春の共産党大会の決定に基づき、2017〜2020年に原発1号機運転開始を目途に、目下諸般の準備作業(プレ・フィージビリティ・スタディを含む)が進められている。サイトも3ヶ所くらいに絞られてきた。
こうした動きに呼応して、すでにロシア、フランス、カナダ、日本、中国、韓国等数カ国が自国製原子炉の売り込み合戦を展開している。ロシアはプーチン大統領以下首脳レベルで、他の諸国も政府主導でそれぞれ働き掛けを強めている。韓国の場合、北朝鮮の核問題でKEDO計画が頓挫すれば、「北」用の100万キロワット軽水炉2基を格安でベトナムに提供するのではないかという噂もある。
これに対して、アジアの原子力最先進国である日本は専ら民間主導で、関連企業が懸命に売り込みを図っているが、客観的に見て劣勢は否めない。
日本政府当局は、無理をしてベトナムに原子力輸出をする必要はないと考えているふしがあり、原発輸出の前提となる二国間原子力協定は未だに締結していない。日本からの原発輸出が確実となり、協定が必要となれば、その段階で締結を考えるという姿勢らしいが、協定の不在自体が日本のチャンスの芽を潰す惧れがある。いつまでも「鶏が先か卵が先か」の議論をしている場合ではないと思う。
筆者はもちろん業界代表ではなく、何が何でも日本製の原子炉を売り込むべきだとは考えていないが、できれば安全性とアフターサービスに定評のある日本製を購入してもらって、ベトナムで「安全で効率的な」原子力発電が行なわれれば、日越両国のためにも大いにプラスになると考えている。ベトナムが将来、某国のように、原発を悪用して核兵器製造を目論むとは思わないが、平和利用に徹する日本が同国の原子力計画に関係を持っておくことは、政治的、外交的にも極めて望ましいと考えている。
ただ日本製原子炉の最大の弱点は、他国製に比べて値段が高いことだ。短期的な採算を度外視する傾向のあるロシアは別として、総じて他国製の炉は日本製の三〜五割安いと言われている。日本製が高いのは国内の特殊事情によるもので、電力会社と連携して国内向けの炉だけを作っていた時代はそれでもよかったが、輸出となると話は別だ。
日本の対越原子力輸出の成否は、最大限コストダウンを図りつつ、ベトナムのニーズに合った炉を提供できるかどうかにかかっている。それは、単にベトナムのためだけでなく、日本の将来の原子力産業にとってもプラスの経験となるのではないだろうか。
(電気新聞 時評「ウェーブ」 2003年1月16日)