朝日新聞 「論壇」 (2000/7)
核廃絶運動は今こそ大転換を
金子 熊夫 (東海大学教授、国際政治学)
間もなく55回目の、そして今世紀最後の広島・長崎原爆記念日がやってくる。20世紀中に是非とも核廃絶の実現をという悲願も空しく、地球上にはまだ3万発以上の核兵器が存在しており、廃絶への道筋は全く不透明である。 今春ニューヨークで開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の結果を見ても、5大核保有国(米ロ英仏中)が核軍縮より「戦略的安定性」を重視し、従来の核抑止戦略を放棄する意思がないことは疑う余地がない。とくに米国は、米本土全域を敵のミサイル攻撃から守ることを目的とする国家ミサイル防衛(NMD)システムの確立を志向しており、ロシア、中国だけでなく、仏独等NATO諸国の批判を招いている。
このような状況の中で、今月初めパリのソルボンヌ大学で「核戦争防止国際医師会議」(IPPNW)の第14回世界大会が、38か国(北朝鮮を含む)、400余名の参加者を得て、盛大に開催された。筆者は日本支部(事務局は広島県医師会)の特別顧問という資格で出席したが、そこでも、核軍縮の現状に対する苛立ちと危機感がつよく表明された。
周知のようにIPPNWは、20年前に米ソ両国の著名な医学者達によって設立され、1985年にノーベル平和賞を授与された実績を持つ有力NGO(非政府団体)であるが、最近活動の重点をアジアにも拡大しており、今回も北アジア分科会が特に設けられた。日本、中国、南北朝鮮が主体のこの分科会で、筆者は、持論の「北東アジア非核兵器地帯」設置構想(昨年7月27日付け本欄参照)等に関して演説を行ったが、歴史的な南北朝鮮首脳会談の直後だっただけに、いままでにない熱気が感じられた。
もとより朝鮮半島情勢や中台関係の今後の帰趨は予断を許さないものの、従来対立と緊張ばかりが目だった当該地域にもようやく積極的な話合いの機運が醸成されつつあるのは確かだ。世界大会とは別に上記4か国のIPPNW支部で構成され、2年毎に域内で開かれている「北アジア地域会議」の次回会合も、2001年秋に平壌で開催される予定である。前回は昨年北京で開かれた。
それにつけても、このような国際会議に出ていつも痛感するのは、肝心の「唯一の被爆国」日本における最近の核問題に対する関心の稀薄さである。毎年8月には年中行事のようにマスコミも盛り上がるが、それが一種のカタルシスとなって、8月を過ぎると急に下火になる。政治家も大方無関心で、先般の総選挙でも全く争点にならなかった。 もっとも、一般市民の中には日頃関心を有する人も決して少なくないはずだが、問題はその人々の声が世論として結集し、全国民的なうねりになっていないことだ。その1つの原因は、従来国内のいわゆる反核・非核運動が、一部を除き、特定のNGOやプロ化した活動家に支配されていて、一般市民(筆者自身も含む)には参加しにくくなっているからだ。この状況を打開するためには、最低次の2つのことが重要と思われる。
一つは、「反核イコール反米、反安保ではない」という基本的立場を明確にさせることだ。日米関係重視と核軍縮推進を両立させるような理論構成が必要だ。核反対を声高に唱えるのは米国の機嫌を損なうからよくない、臭いものには蓋を、という風潮は間違っているが、核兵器は絶対悪で、それさえ無くなれば万事OKという考え方も非現実的で無責任である。
もう一つは、「反核イコール反原発ではない」ということを再確認することだ。原子力発電はエネルギー問題として、核軍縮問題とは切り離して議論するのが理性的な態度だろう。
幸い、本年11月には、長崎県・市の肝煎りで「核廃絶世界市民大会ーナガサキ」が開催される。この機会に日本の反核NGOや市民団体は、従来のイデオロギーがかった運動や派閥争い的状態から即刻脱皮し、より多くの一般市民が参加できるような現実的な方向へ大転換を図り、その上で、世界の核廃絶運動における指導力を発揮するよう切望する。