「ジャパン・カード」?

                     金子 熊夫

 

イラク戦争が激しさを増しているが、その陰で戦局の推移を一番注視しているのは北朝鮮だろう。次の攻撃目標が北朝鮮となる蓋然性が高いからだ 。

開戦後、北朝鮮の瀬戸際外交はすっかり鳴りを潜めているが、各種の情報によれば、北は凍結中だった寧辺の使用済み核燃料の再処理作業を再開する準備をほぼ完了したようで、一旦プルトニウムの抽出を始めれば一気に核兵器製造に突き進むだろう。さらに、ノドンやテポドン・ミサイルに搭載可能な核弾頭の小型化に成功すれば、射程内の日本にとって重大な脅威となる。

こうした状況の中で日本はどう対応すべきか。政府・防衛庁は、さしあたり米国と協力してミサイル防衛(MD)システムの導入を急ぐ方針のようだが、これで完全に敵ミサイルの飛来を防げるという保証はない。ならば、日本も必要な場合には直接北朝鮮に対する報復攻撃や先制攻撃を行うべきだという勇ましい議論も国会では出ているが、残念ながら現在の自衛隊にその能力はなく、結局、ここでも米軍に頼る以外にない。

その場合問題は、米軍が果たして常に日本の希望通りに動いてくれるかどうかだが、小泉首相は、だからこそ今イラク戦争で対米支持を鮮明に打ち出すことによって日米同盟を一層強化しておくべきだという立場をとっている。筆者も基本的にこの考えを支持する。

しかし、日米同盟といえども永遠ではなく、日本も早晩独自の核抑止力を持つべきだという意見が、防衛問題の専門家や一部の政治家の中から出始めている。 

昨年も六月に福田官房長官、安倍副長官らがそれらしき発言をして物議を醸した。あの時は小泉首相が「現内閣ではその考えはない」と明言して騒ぎは収まった。

 ところが、昨年十月、新たに北朝鮮の高濃縮ウランによる核開発計画が露見してから、今度は米国で俄かに日本核武装論が再燃し始めた。その後、新年早々の「ワシントン・ポスト」紙に「ジャパン・カードを切れ」という題名の署名論文が出て、一挙に関心が高まった。

 この論文の主張は、「北朝鮮が中々核開発を断念しないのは裏で中国が糸を引いているからだ。中国を動かすには、『このままでは北の核の脅威に対抗して日本が核武装に踏み切るぞ』と言ってやるべきだ。中国にとって核武装した日本の出現は、我々にとって核武装した北朝鮮と同じく悪夢であるはずだから、効果的だろう」ということである。

 このような考えはワシントンには以前からあったが、最近は、一部の学者や専門家だけでなく、共和党の有力議員のほか、チェイニー副大統領までが記者会見でこれに言及しており、日本としても全く無関心というわけには行かない。

筆者が懸念するのは、日本核武装論そのものより、むしろそれが日本の原子力平和利用、とりわけ核燃料サイクル政策に及ぼす影響である。ただでさえ海外の疑惑の対象になりやすい再処理、プルトニウム利用計画に対する批判が米国内で高まる可能性を無視すべきではない。

 実は、四月半ばにサンフランシスコ郊外のローレンス・リバーモア国立研究所で「五〇年目の原子力平和利用」(Atoms for Peace After 50 Years)を主題とするハイレベルの国際会議が開かれ、私も出席するが、そこでも日本核武装論が大きな論点となりそうな気配である。これについては、帰国後ご報告しよう。