イラク攻撃と東電問題と
金子 熊夫
内外ともに難問が山積する中で、当面私が最も懸念しているのは、差し迫った米国によるイラク攻撃と、目下重症の東電問題が、今後の日本のエネルギー政策にいかなる影響を及ぼすかである。
まずイラク問題だが、ブッシュ大統領は、「悪の枢軸」の親玉、サダム・フセイン大統領の抹殺を本気で狙っているようだ。国連安保理決議があろうとなかろうと、早晩先制攻撃を敢行するだろう。
攻撃のシナリオを具体的に予測するのは難しいが、最悪の場合、イスラエル、パレスチナ、さらに多数のアラブ・イスラム諸国を巻き込んだ「第二次湾岸戦争」にエスカレートする危険性もある。
問題は、そうなった場合に日本はどう対応すべきかだが、いつまでも憲法上の制約とか集団的自衛権の範囲などと悠長なことを言ってはいられまい。同盟国としての義務だけでなく、自らのエネルギー安全保障のためにも、対米協力姿勢を鮮明に打ち出さざるを得ないだろう。
相棒の米国はと言えば、世界の原油生産量の一一%を生産する産油国であり、エネルギー輸入依存度は日本の四分の一程度なのに、イラク攻撃に備えてか、最近は石油の供給先をアフリカ等にまで多角化している。中東依存度はわずか二〇%程度だ。
これに対し、日本は三〇年前の石油危機で人一倍痛い目にあったのに、昨今は石油が本来的に戦略商品であることを忘れ、ただ安いから、便利だからという理由で中東石油に集中し、供給先の多角化努力を怠ってきた。その結果はご覧のとおり、石油依存度は比率では激減したものの、絶対量は殆んど減っておらず(日量四五〇万バレル前後)、中東依存度は三〇年前を越え九〇%に近い。
もしイラク攻撃が大規模戦争に拡大せず、比較的短期間で終わればよいが、紛争が長期化した場合は、一六〇日分の石油備蓄を持つ日本といえども無傷では済まない。もし原油が前回の湾岸戦争時程度の上昇なら原油価格は現時点より16〜20ドルの上昇、もし戦火がサウジアラビアやクウェートに拡大した場合原油価格は60〜75ドルまで高騰するという専門家の予測がある。とても「油断」できる状況ではない。
さらに欧米と違って、極東に位置する日本の場合は、ペルシャ湾岸でタンカーに積み込んだ原油を、ホルムズ海峡、インド洋、マラッカ海峡、南・東シナ海等を通って運搬しなければならないが、全長一万三千キロの航路のうち、海上自衛隊が直接防衛するのは一〇〇〇海里、全体の七分の一以下で、それ以外の海域では米国海軍に頼らざるをえない。そのことから言えば、対米協力は、同盟国の義務と言うより自分自身のためという自覚を持つべきだ。
さて、そこで問題になるのは、今回の東電事件の影響である。短期的にみても、東電その他の電力会社が原発の運転を停止している間、休止中の火力発電所をフル回転してカバーすることになるが、その分の石油や天然ガスの輸入が当然増える。そこへ米国のイラク攻撃がタイミング的に重なれば一体どうなるか。
それより深刻なのは、もちろん長期的な影響である。もし国民の原子力離れが一層進めば、三月に政府が策定した「地球温暖化対策推進大綱」が目指す原発の三割拡大は言うに及ばず、現状維持すら不可能となる。プルサーマルどころではない。東電は潔く首脳陣の一斉退陣を決断したが、今後官民とも、よほど思い切った手を打たねば、失墜した信頼を回復することは覚束ない。
他方、国民の側でもこの際、本当に原子力をどうするのか、自分自身の問題として真剣に考えなければならない。原子力は技術的には未だ十分改善、発展の余地があるとされながら、遂に人為的ミスのために自滅の道を歩ませるのか。
折りしも米国では、原発は稼働率向上でかつてない好調ぶりだというのに、「資源小国」日本は原子力を放棄して将来のエネルギー安全保障は成り立つのか。
今我々日本人に最も必要なものは、長期的かつグローバルな視点に立った理性的な判断である。
(電気新聞 時評「ウェーブ」 2002.10.1)