ドイツの脱原発は身勝手?          電気新聞 (2003.6.26)

             金子 熊夫

  ベルリンはいま、市内のいたるところに、白い小さな花をつけた菩提樹が青々と茂り、頗る快適な季節である。

 今回のヨーロッパ旅行の最初にドイツを訪問した理由の一つは、「脱原発」の旗印の下、独自路線を驀進するこの国のエネルギー政策の実態をこの眼で確認したかったからだ。

 最初に訪れたドイツ原子力のメッカ、カールスルーエ研究所では、旧知の所長の案内で、原子炉事故のシミュレーション装置などの実験施設を見学させてもらったが、十年前の前回訪問時に比較して全体的に沈滞ムードが漂っている印象を拭えなかった。

 続いて、エルベ川に近いニーダーザクセン州のゴアレーベンでは、ヘルメット、懐中電灯など完全装備で地下一三〇〇メートルまで降り、岩塩層を刳り抜いた広大な放射性廃棄物貯蔵施設をジープに乗って見学させてもらったが、ここでも脱原発政策に伴なう予算と人員の大幅削減で、少数のスタッフが辛うじて現状維持に努めている感じだ。数年前までこの施設の周辺にテントを張って過激な妨害行動を繰り広げていた反原発グループも今やすっかり影をひそめ、あたかも「つわものどもが夢の後」の風情だ。

 ベルリンでは、環境省―正式の名称は「環境、自然保護、原子炉安全省」―やドイツ・エネルギー庁(DENA=半官半民の研究開発機関)などを訪問し、当国のエネルギー政策の現状と問題点について、それぞれの担当官から詳細な説明を受けた。

当然のことながら、彼等は、現在電力の約30%を占める原子力の存在を認めながらも、いずれ30年以内に原子力はドイツから完全に姿を消すはずだから、今後は風力やバイオマスを中心とする再生可能エネルギー源の開発に全力を注ぐとして、将来計画を情熱的に語ってくれた。

ただし、風力については、立地や環境(景観など)の関係で陸上での増設は次第に困難になっており、本年あたりをピークに減少し始める。代わりに3、4年後からは洋上(オフ・ショア)風力発電所の建設が本格化する。すでに、北海やバルト海の排他的経済水域内で、水深が3035メートル、風量が年中安定していて、しかも航行の妨げにならない地域に、支柱の高さ124メートル、プロペラの直径114メートルという巨大な風力発電所(一基の出力は4・5メガワット)を建設する計画が出来上がっており、明後年からテスト運転が始まるとのことだ。

現在風力は総発電量の3・5%程度だが、2050年には15%まで増やす計画で、同年における再生可能エネルギー(風力、バイオマス、水力、太陽光など)は50%に達するという。誠に野心的な計画である。

しかし、問題は、再生可能エネルギー開発に必要な膨大な資金をどうして捻出するかで、今後EUでエネルギー関連補助金の廃止が決まれば、ドイツも打撃を受けざるを得ない。その結果電力不足が生じ、安易に火力を増やせばCO2が増加するし、フランス等から原子力による電気を輸入すれば、それだけ出費が嵩み、国際競争力を殺がれる。その時になって慌てて原発復活となっても手遅れにならないか。

ドイツの脱原発政策に対しては、EUのデパラシオ副委員長(エネルギー政策担当)等から、「自分勝手だ」という厳しい批判が浴びせられている。ドイツ国内でも、現在の社民党・「緑の党」連立政権のエネルギー政策に懐疑的な意見は少なくない。筆者もそうした疑問を率直にぶつけてみたが、返ってくる返事は「政権がどう変わろうとも、ドイツの脱原発は市民感情に深く根ざすものだから、変わることはまずないだろう」ということであった。