日印原子力関係を考える
金子 熊夫
A(国際政治学者):最近4か月ほど、日本ではマスメディアが報道しないので全く話題になっていないけど、米国や欧州ではインドとの原子力協力問題が盛んに議論されているね。7月にワシントンでブッシュ大統領とインドのシン首相が米印原子力関係強化について合意したのがきっかけだが、君は原子力の専門家としてどう思う?
B(原子力科学者):インドは核不拡散条約(NPT)に加盟せず、2度も核実験をやった「異端者」として国際的に制裁措置の対象になっており、日印間の原子力関係もゼロに近い。先方は日本との交流を希望しているのに、日本側が応じないからだ。僕らがインドの原子力研究施設を訪問することにも政府はいい顔をしない。ちょっと潔癖すぎるんじゃないか。
A:同感だね。唯一の被爆国として核兵器反対という大原則は崩せないにしても、NPT至上主義は非現実的といわざるを得ない。日本側が十年一日のようにインドにNPT加盟を迫っても、先方はNPTは本質的に(特に中国とのバランス上)不平等と考えているので、加盟する気は全くない。他方、インドは、核拡散防止には過去一貫して責任ある態度を取っており、この点で、「核の闇市場」の元締めとされるA.Q.カーン博士を庇護してきたパキスタンとは大違いだ。
B:だからブッシュ政権としては、インドをこれ以上疎外するより、自分の側につけた方が得策と判断したわけだ。いかにも米国らしい現実外交だね。
A:そのほか、9・11事件以後のアフガニスタンやイラクでの対テロ戦争を遂行する上でインドの協力が必要不可欠という戦略的判断もあるようだ。さらに、対中外交上の布石という面もあると思う。ブッシュ政権の「中国脅威論」は相当なものだ。一方、インドにとっても米印関係強化は対中外交上プラスであることは確かだ。
B:そうした軍事、政治的な動機のほかに、近年インドがハイテクやIT分野で非常に躍進しており、人口10億の巨大市場を確保したいという経済的動機も米国にはあるようだね。
A:ただ、最大の難問は、インドが例の「原子力供給国グループ」(NSG)による輸出規制の対象となっているので、これをどうクリアするかだろうね。10月のNSG会合で、米国はインドの特例化を提案したが、全加盟国(45カ国)の同意は得られず、継続審議となった。核兵器国の英仏露は賛成、日本とスウェーデンが消極的、中国等が反対という図式のようだ。米国内でも、ブッシュ政権は強気だが、議会にはNPTへの悪影響を恐れる核不拡散論者も少なくない。イランや北朝鮮へ間違ったシグナルを送る惧れがあるとの指摘もある。
B:問題は、日本だね。君の言うように、被爆国としての立場もありNPT堅持は確かに重要だが、だからと言ってNPTをいつまでも金科玉条的に墨守し、杓子定規に適用し続けるのはいかがなものか。
A:全く同感だ。日印には明治以後百年以上の歴史があり、一貫して非常に親日的だ。岡倉天心と意気投合し日印友好を説いたタゴールをはじめ、東京裁判でただ一人「日本無罪論」を唱えたパル判事や、戦後日本の国際社会復帰に親身に尽力してくれたネルー首相のことも忘れるべきではないと思うよ。同じアジア人として、米国の後追いではなく、独自の判断で日印関係の改善に取り組むべきだ。
B:そのためには、今後日印原子力協力をどう進めるべきかについて具体策を詰めておく必要があるね。まず第一に、どのような条件下であれば日印原子力協力が可能か。次に、実際に協力する場合、どのような分野や形態が望ましいか。例えば、原子力発電所の安全性向上のための技術協力とか、日印両国が重視している高速増殖炉の研究開発協力とか、色々考えられるね。
(電気新聞 2005/11/29)
(電気新聞 2005/11/29)