我が家の「三種の神器」
金子 熊夫
連日蒸暑く鬱陶しい天気が続いている。いつものように天下国家を論じ、悲憤慷慨ばかりしていると益々暑苦しいから、今回は少し肩の力を抜いて、身近かなことを書いてみよう。
我が家には、取り立てて高価でも、無類の珍品でもないが、「三種の神器」とも呼ぶべきものがある。
一番目の品は、自動車である。それも当年とって31歳の老朽車だ。しかし、新車並みに動き、現在もバリバリ現役のベンツだ。買ったのは、1975年初めバンコクで。当時筆者は、外務省からの出向で国連事務局に勤めていた。歴史的なストックホルムの国連人間環境会議(1972年)後創設された国連環境計画(UNEP)の初代のアジア太平洋地域代表であった。
前任地のケニアのナイロビで持っていた2台の国産車を売った金で、念願のメルセデス・ベンツ1台を買うことにし、直接西ドイツ(当時)のシュツッツガルトのダイムラー・ベンツ本社に特注した。車種はディーゼルエンジン車で排気量は2,400CC。
. 実は数年後に帰国予定で、東京へ持ち帰るつもりだったので、日本向けの特別仕様にしてもらった。東京の環境庁や運輸省自動車局の友人に相談して、排気ガス規制には特に注意を払った。
発注後数ヶ月してバンコクの繁華街にあるベンツ専門店で濃紺の堂々たる新車を引取ったとき、ドイツ人の店主が、つくづく私と車を見比べながら「旦那と彼女とどちらが長生きするかな」と口走ったのを今でも覚えている。それほどベンツのディーゼル車は堅牢で長持ちするという定評があった。
確かに良く走り、乗り心地も申し分なし。燃費も謳い文句通り格段に安い。故障は全くしない。2年後帰朝したとき予定通り持ち帰ったが、横浜税関と陸運局の審査を一発でパス。同じ頃外国からベンツを持ち帰った同僚は百万円以上かけて改造し、辛うじてパスしたそうだ。
その後退官して大学教師に転じてからももっぱらこの愛車で通勤し、苦楽を共にした。朝急ぐときには、ネクタイ、朝食、新聞などすべて車内に持ち込んで、まるで書斎代わり。どんな季節でも朝一発で起動し、新車と変わらぬ快調さ。勿論フロアシフトで、窓の開閉、座席の調整などはすべて手動式。いかにも自分が機械を操作しているという感触がたまらない。
ところが(!)東京都知事に石原慎太郎氏がなって、あれよあれよという間に「ディーゼル車規制」がスタートし、昨年10月以降トラックだけでなく乗用車も駄目になった。我が愛車は
今年9月初めで車検が切れると、東京では車検を更新できなくなる。
元々環境保護主義では人後に落ちないつもりなので、納得はしているが、31年連れ添った愛車に別れるのは正直死ぬよりつらい。10年前から別の車に乗っている家内は、この辺の「男心」を全く分かろうとせず、いずれ手放すときの愁嘆場を想像してニヤニヤ笑っているのみ。首都圏以外ではまだ十分通用する(おそらくあと10年は固い)ので、どなたか心優しい方に嫁入りさせたいと思うのだが。
2つ目の神器は、GE社製の大型電気冷蔵庫。やはりバンコクで買って以来31年の付き合いで、これまた現役バリバリ。昔の日本製は容量が小さすぎて不便だったので、そのまま使っているが、全くの故障知らず。極くまれに調子が悪くなっても、東京のGE取扱店に電話一本すれば、半日で直る。
自動車もそうだが、日本製はどうしてこうも頻繁にモデルチェンジするのか。商売のためとしか思えない。ユーザーのことをもっとよく考えてもらいたいと切に思う。
さて、3つ目の神器については、紙幅も尽きたので、いずれまたの折に。
(電気新聞 2005/7/8
掲載)