(電気新聞・時評 2004.5.19)
北朝鮮の核開発と原子力平和利用
金子 熊夫
北朝鮮の核問題が一段と混迷の度を増している。北は今秋の米大統領選挙後まで大きく動くつもりはなさそうだし、プルトニウムや高濃縮ウランによる核兵器計画の疑惑が一向に解消しない現状で、六者協議を重ねても仕方がないという気がする。
しかし、「押して駄目なら引いてみな」というように、この辺で発想の転換を図り、中長期的視点から考え直してみるのも無意味ではあるまい。つまり、一方的に北に核放棄を迫るだけでなく、北東アジア全体の安全保障体制とか原子力平和利用協力という広範な文脈で考えてみることである。
先月初め金正日総書記が北京で温家宝中国首相と会談した際、両者は朝鮮半島の「非核化」について再確認したが、それは「非核兵器化」ということで、核の平和利用の放棄を意味しないという点で合意したと伝えられた。これに対し、ブッシュ政権は、北の核は、軍事利用も平和利用も含めて一切認めないという従来の立場を崩していない。十年前のカーター元大統領と故金日成主席の直談判に基く米朝枠組み合意(1994年)が失敗に終わったという苦い反省が米側にはある。
確かに、核不拡散条約(NPT)からの脱退を勝手に宣言し、国際原子力機関(IAEA)による査察を拒否している現状では、いくら北が電力不足を理由に原子力発電の必要性を強調しても額面通りには受け入れられない。
他方、北朝鮮や韓国は、事あるごとに、「日本だけが核燃料サイクル(濃縮、再処理、プルトニウム利用)を含めあらゆる原子力活動を自由にやっているのに、両朝鮮だけがそうした権利を認められないのは不公平だ、日本はいまや「準核兵器国」だ、なのに、日本は日韓原子力協力にすら消極的だ」と口を揃えて難詰する。彼らの対日不信感は、日本人の想像以上だ。
実は、四月末ニューヨークの国連本部で、来春のNPT再検討会議のための最終準備委員会が開催された際、NGO主催の「北東アジア非核兵器地帯条約(モデル条約案)」会議が開かれ、私も長年の同構想の提唱者として招かれ講演を行った。北朝鮮核問題の解決を六ヶ国(モンゴルを加えれば七ヶ国)による北東アジア地域安全保障体制構築という戦略的な文脈で考えようという狙いだったが、その場でも、北朝鮮に、核兵器開発を断念させる代わりに、原子力発電の権利を認めるかどうかで意見が分かれた。
私は個人的な意見として、もし将来北朝鮮が「完全で検証可能かつ非可逆的な核放棄」に同意するなら―そのためには北はNPTに完全に復帰し、IAEAの包括的査察(追加議定書によるものを含む)を受け入れることが不可欠―北にも一定の範囲で原子力発電を認めてもいいではないか、但し、濃縮と再処理は、これが核拡散に最も繋がりやすいこと、小規模の原発国が単独で濃縮・再処理工場を運営するのは経済的にも負担が多すぎること等を考慮して、「アジアトム」(仮称)のような地域協力組織の下でカバーする方法を考えるべきだとの持論を展開した。これは最近のエルバラダイIAEA事務局長の構想にも合致するもので、北東アジア非核兵器地帯条約案と表裏一体で実現を図るべきだと考える。
ブッシュ大統領はさる二月一一日の
演説で、まだフルスケールの濃縮、再処理工場を有しない国には関連技術や機器を輸出すべきでないと先進原子力供給国グループ(NSG)に呼びかけたが、これだけでは不十分で、かえって途上国側の反発を招く。将来インドネシア、ベトナム等が原子力発電を始めたときのことも今から考えておくべきだ。原子力先進国日本には今こそそうした積極的な構想を打ち出す責任があるのではないか。
(電気新聞時評 04. 5. 19掲載)