(世界週報 04年4月20日号)
核不拡散体制の崩壊を防げ
〜求められる日本の積極的貢献〜
金子 熊夫 (外交評論家 元外交官)
唯一の被爆国日本は、戦後一貫して非核に徹し、核廃絶は大多数の国民の悲願である。他方、国内にエネルギー資源を欠き、石油や天然ガスのほぼ一〇〇%を海外からの輸入に頼る日本は、戦後一〇年目にして原子力発電の導入に踏み切り、五〇年後の今日、総発電量の3分の1を原子力で賄う世界有数の原子力大国となっている。
原子力発電の導入には当初国内でも抵抗があったが、これを克服できたのは、「長崎の鐘」で有名な故永井隆博士の次のような思想が国民の間に広く浸透していたからだろう。
「原子爆弾の原理を利用し、これを動力源として文化に貢献できる如く更に一層の研究を進めたい。転禍為福。世界の文明形態は原子エネルギーの利用によって一変するに決まっている。さうして新しい幸福な世界が作られるならば、多数犠牲者の霊も亦慰められるであろう。」(原爆投下直後から被災者の救護活動に携わった同博士=当時長崎医科大学助教授=が報告書の結辞に書いた文章の一節)
こうした崇高な理念の下に始まった原子力平和利用活動であったため、日本の原子力関係者の頭には最初から平和利用しかなく、これを転用して核兵器を作ろうなどという邪心を抱く人は皆無であったと言ってよい。以来今日に至るまで日本は、原子力基本法(1955年制定)や非核三原則で厳しく自らを律するだけでなく、1970年に発効した核兵器不拡散条約(NPT)の締約国として、国際原子力機関(IAEA)による厳格な核査察(保障措置)を誠実に受け入れ、平和利用の模範生たる地位を確立している。
ところが、広く世界を眺めると、冷戦終結前後からNPT加盟国でありながら、平和利用と称して秘密裡に核兵器開発を企む国々―イラク、イラン、北朝鮮等いわゆる「ならず者国家」―が続出し、国際政治上の重大問題となってきた。とくに昨年末から今年初めにかけて、パキスタンを中心とする「核の闇市場」の存在が明らかになるにつれ、核拡散状況の深刻さが一段とはっきりしてきた。
このような状況を放置すれば、今や事実上形骸化したとも言えるNPT体制の崩壊は必至で、マンハッタン計画の責任者ロバート・オッペンハイマー博士たちが60年前に予言した通り“パンドラの箱”から飛び出た「核」は癌細胞のように拡大し、ついに地球を死に追いやってしまうだろう。もはや手遅れ、処置なしという悲観論も聞かれるほどだ。
しかし、だからと言って、NPT体制をみすみす崩壊させてよいわけがない。核兵器そのものを違法化する実定国際法が存在しない以上、非核兵器国に核兵器の開発を禁止するNPT体制は唯一の法規範として是が非でも堅持しなければならない。では、そのためには具体的にどうしたらいいのか。
今後のテロ攻撃に核兵器が使用される可能性を最も恐れる米国のブッシュ大統領は、去る二月一一日の国防大学での演説で一連の新構想を提案した。すなわち同大統領は、IAEAによる国際核査察(保障措置)の強化を定めた「追加議定書」の重要性は認めるものの、同議定書の批准国がまだ少数に止まっており、あまり多くを期待できない現状に鑑み、IAEAの枠組み外で、「核供給国グループ(NSG)」―原子力技術先進40カ国で構成されている―に呼びかけて、今後は、「大規模で、すでに稼動中の再処理・濃縮施設」を持っていない国々には当該施設や技術を一切輸出しないようにしようというものだ。
周知のように核爆弾にはウラン型(広島型)とプルトニウム型(長崎型)の二種類があり、ウラン235を九〇%以上に濃縮する施設、または使用済み核燃料を再処理して純度の高いプルトニウムを抽出する施設が必要である。そこで、ブッシュ提案では、現在すでに大規模な濃縮、再処理施設を有する五大国(米、ロ、英、仏、中)と、二〇年以上前に当該技術を確立しすでにかなりの運転実績を持つ日本の計六ヶ国を除いたすべての国を禁止の対象としている(インド、パキスタン、イスラエル等もこの種の技術の既得国ではあるが、NPT非加盟国なので、やはり禁止対象に含まれるとみられる)。
こうしたブッシュ提案には、当然ながら、非核兵器国にも原子力平和利用技術に関する「奪い得ない権利」を保障したNPT第4条違反であるという批判が強い。そこで、IAEAのエルバラダイ事務局長(エジプト人)は、ブッシュ提案より早く、昨年秋以来、非核兵器国が単独ではなく多数国による国際管理の下で再処理、濃縮、さらにプルトニウムや使用済み核燃料の管理等を行うことができるようなシステムの創設を提唱している。ブッシュ、エルバラダイ両構想にはそれぞれ一長一短があり、今後両者がどのように調整されるのか予断を許さないが、狙いは共に核拡散防止にあるわけであり、なんとかして大多数の国の納得が得られるような効果的なシステムを構築して行かなければならない。
その際とりわけ重要なのは日本の役割である。自らは、茨城県東海村と青森県六ヶ所村に、本格的な再処理工場(ただし六ヶ所工場は再来年運転開始予定)と濃縮工場を持ち、ブッシュ構想でも「既得権益国」と認められているから大丈夫だと言って傍観者的、自己中心的態度を取ることは許されない。むしろ、唯一の被爆国として非核に徹し、しかも核兵器国以外で唯一核燃料サイクル活動(濃縮、再処理)を公認されている日本は、自らの知見と経験を最大限に活用して、安全で効率的な原子力平和利用が担保されるような国際システムの構築に尽力するべきであり、それが核不拡散体制の崩壊を防ぐ最善の道である。