Subject: EEE会議(イラク問題と核査察の実効性)
Date: Thu, 13 Mar 2003 14:14:08 +0900
From: "kkaneko" <kkaneko@eagle.ocn.ne.jp>

各位殿

イラク問題については、ただ今現在国連安保理を舞台に激しい外交合戦が続いており
ます。武力容認決議を求める米(英)に対し、フランス、ロシアが拒否権行使を公言
し、安保理に大きな亀裂を生んでいますが、現時点では両者が妥協する余地はほとん
どないように見えます。米政府筋は12日、イラク武装解除の期限である17日を
ブッシュ政権が若干延期する可能性があることを示唆しましたが、「数カ月」も引き
延ばすことはあり得ないとし、同決議案が採択されるか、否決されるかにかかわら
ず、3月末までには開戦となるとしております。

この点で問題になるのは、国連による核査察の実効性で、当EEE会議でも既にいろい
ろ議論したところですが、小生は2、3か月査察を延長しても無意味だと考えます。
ご参考までに、電気新聞に寄稿した拙稿を高覧に供します(なお、これは来週早々掲
載の見込みで、今回とくに掲載前にEEE会議参加者のみに披露させていただくもので
す)。
ご批判を歓迎します。
金子熊夫
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痛い腹 痛くない腹

            金子 熊夫

 イラク問題がいよいよ最終的な局面を迎えた(三月一〇日現在)。査察の継続を
主張する仏独等と、これ以上査察を続けても無駄で、武力攻撃以外にないとする米英
とが国連安全保障理事会で鋭く対立している。果たして、仏独等が主張するように、
あと二、三ヶ月査察を継続すれば、イラクの黒白がはっきりするのか。

国連史上、査察がこれほどの大問題となったことは前例がない。そもそも国際原子力
機関(IAEA)の査察とはいかなるものか。実際にどの程度効果的なのか。

 世界有数の原子力大国である日本でも、核査察の実態は驚くほど一般に知られてい
ない。あまりにも技術的、専門的な分野だからだ。筆者はたまた職業柄長年原子力外
交や核問題に関与してきたが、でなければ到底理解できない、まさに密教的な世界で
ある。

 核査察が素人に理解し難いもう一つの原因は、国際社会と国内社会との根本的な違
いだ。警察や検察制度が確立している国内社会においては、何人も強制捜査の執行を
拒むことは出来ない。一旦家宅捜索となったら、個人の意向にお構いなく、畳を引っ
剥がし、床下から天井裏まで徹底的に調べる。

ところが、主権国家が並存する現在の国際社会では、全く事情が異なる。今回のイラ
クの場合は、湾岸戦争(一九九一年)以来の前科があるので、査察官は安保理からか
なり広範な権限を付与されているが、通常の査察、すなわち国際原子力機関(IAEA)
による査察の場合は、原則として当該国家の同意がなければ、査察官はほとんど何も
出来ない。査察官の人選にも受入国の拒否権が認められているし、査察の日時、場所
も事前に通告される。しかも査察官は、受入国が査察対象として自ら申告していない
ところには原則として立ち入れない。

つまり、悪いことをしようと思えばいくらでも出来る。逆に言えば、現在の査察制度
は、受入国が真面目に対応するという前提で成り立っている。

この点で、日本はまさにIAEAの模範生だ。現在国内で稼動中の五二基の原子炉を含
め、全部で二五九の施設で査察を受け入れている。核物質の軍事転用が起こり易い再
処理工場やプルトニウム加工施設等はとくに厳重な査察下に置かれている。

 一方で「ならず者国家」(rogue states)と言われるイラク、イラン、北朝鮮等が
査察の網を潜って勝手に核兵器開発をしている(らしい)のに、原子力平和利用に徹
し、核不拡散条約(NPT)の義務を誠実に遵守する日本が最も厳格な査察を受け入れ
ている。これは明らかに不合理というべきだ。

 ちなみにIAEAの査察・保障措置関係の予算は年間約1億ドルで、ウィーン市警察局
の年間予算3億ドルの3分の1に過ぎない由。1991年の湾岸戦争の全経費(3ヶ月)
は、IAEA査察・保障措置予算の1000年分! ことほどさようにIAEAでは、ただでさえ
査察予算が不足しているのだから、日本のような国の「痛くない腹」を探るより、イ
ラクなどの「痛い腹」を探るのにもっと人員も資金も回すべきだ、と日本はかねてか
ら主張している。

 ところが、あまりそのような主張をすると、日本は査察を回避したがっている、や
はりこっそり核兵器開発を企んでいるのではないかという疑いをかけられる。国際査
察を真面目に受け入れることが、日本の原子力平和利用の証しとなっているのは確か
だ。そこに日本のディレンマがある。

 最近でも、この一月に、東海村の再処理工場で、過去二五年間に二〇六キロのプル
トニウムの「計量誤差」があることが判明し、マスコミが騒いだが、そんなことで騒
ぐ方がおかしい、それより日本は、「痛い腹」をもっと重点的に探るような方向で
IAEA査察制度の合理化の音頭を取るべきだという意見がある。筆者が主宰している
「エネルギー環境Eメール会議」(EEE会議)でもそのような意見が最近続出している
が、では具体的にどうするか、誰が猫の首に鈴をつけに行くかとなると中々名案が出
ないのが悩みである。