日本放送協会 会長 福地茂雄殿
NHK番組「原発解体―世界の現場は警告する−」について
(2009年10月11日放映)
拝啓
時下、益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。
さて、NHKでは、さる10月11日午後9時より総合テレビで特別番組「原発解体―世界の現場は警告する−」を放映されました。これにつきましては、原子力発電所の解体という、平素一般国民にほとんど知られていない領域を特別番組として取り上げられたことに対しては、敬意を表したいと思います。
ただ、これを見終わった後の率直な感想としましては、近時世界の多くの国々が地球温暖化対策の一環として原子力発電を重視し、いわゆる「原子力ルネサンス」と呼ばれる機運が国際的に高まっている中で、日本だけが「原子力は危ないから止めましょうね」と勧められているようで、正直暗い気持ちになりました。テレビで報道されたことがすべてと思いがちな一般視聴者に間違った情報や知識を提供し不安感を抱かせる番組であり、大変残念な内容であったと思います。
そこで、甚だ不躾ながら、今後のご参考としていただくために、本件報道に見られる事実認識の間違いなどを指摘しつつ、私ども専門家の立場からの率直な考えを以下の通りお伝えします。また、当方の質問や疑問点については、何らかのご回答をいただきたいと存じます。
1.原子力は危ないという前提で編集されているのでは?
この番組の編集者は、広島、長崎被爆のイメージや先入観を払拭できないためか、原発解体という事業を客観的、科学的に捉えることが出来なかったのではないかとさえ感じます。
また、番組全般にわたって通奏低音のように流れる効果音は、あたかも葬儀の司会進行役のようなナレーターの語り口とも重なって、視聴者の心に漠とした原発に対する不安感を植えつけ、これを助長するために使用されたのではないかとさえ思われます。
報道の中立性が大切であることは多言を要しないところです。この番組が最初から「原発はやはり問題だな」と一般視聴者に感じさせるような内容となっていたことは、公共放送としてのNHKの性格上も大いに問題ありと危惧するものです。
2.解体廃棄物の安全貯蔵について
ご高承のことかと存じますが、放射性廃棄物は、高レベル放射性廃棄物と低レベル放射性廃棄物に分類することになっています。
前者は、一般に使用済核燃料を再処理し、プルトニウムやウランを分離した後の廃液をガラス固化したものを言います。
原子炉解体廃棄物は低レベル放射性廃棄物です。このうち、比較的放射線量の高い炉心構造物等は浅地層処分をすることになっており、日本原燃鰍ェ青森県六ヶ所村に土地を確保し、現在、地質調査を実施しているところです。すなわち、解体廃棄物の処分場は確保されているのです。
解体廃棄物の総量は100万キロワット級の原子炉の場合で約5万トンと見積もられていますが、自然放射線により受ける年間線量の100分の1を超える廃棄物を低レベルの解体廃棄物としていますので、大部分は自然界の自然放射能の揺らぎの範囲内にあり、前述の比較的放射線量の高い廃棄物は量的には限られています。
我が国初の原子力発電を行った
放射線レベル等の測定は簡単です。換言すれば危険度の仕分けが容易だということです。液体廃棄物はすべて固形化処理をしますから解体廃棄物はすべて固体と考えられます。従って廃棄物の流動性が限りなく小さく安定しています。
また、原子力関係者はこのような処理に関して十分な経験と知見を持っています。
世間にはいろいろの危険物がありますが、この事業は放射能を帯びた解体物の処理をどうしたらよいかという問題に過ぎません。従って比較的高い放射線量の解体廃棄物であっても、技術的には発電所の地下に埋設し敷地の再利用も可能であり、また、都市近郊の飛行場の地下などでも埋設が可能だと思われます。
3.解体作業の困難性は乗り越えられるのです
放映された「ふげん」のケースでは、放射線という一般の建物では問題にならない特殊な環境を紹介し、関係者の事前の想定を越える困難な壁が解体作業の前に立ちふさがっているように紹介されていましたが、原子力は既に50年にわたるこうした環境下での作業経験を持っているのです。原子力技術者の誰もが壁があるなどとは思っていないのです。
また、建設当時の図面が変色、読めなくなっているため、遠隔作業の段取り等に苦労されている東海炉の映像が壁の一つとして流されていましたが、50年前のコピーは青焼き、英国との連絡はテレックスであり、コピー機もファックスもない時代の原子力発電所の建設なのです。しかしながら、過去の事例を振り返れば、この程度の技術課題はわが国の技術者によって見事に解決されていくと思っています。また、上記の二例は、わが国にとっては、特殊な重水炉およびガス冷却炉で、現在運転中の原子力発電所はすべて、既に経験を積んだJPDRと同型の軽水炉です。
困難性については印象や感覚だけで判断されるのではなく、事前に専門分野の方の意見も十分に聴取された上で的確に報道してほしいと思います。
4.解体作業へのチャレンジについて
解体作業には初めての作業も含まれますから、様々な困難に直面するのはどんな分野でも同じです。この困難にチャレンジして初めて技術の進歩が生まれ、国力が厚みを増していくのだと思います。報道ではこうした前向きの流れが全く感じられなかったのは真に残念です。
現在世界中で原子力事業を展開している日本企業も、過去の困難を乗り越えた経験と技術があるから国際競争力を持っているのです。原子炉解体事業もこうした困難への取り組み、克服の蓄積を地道に重ね、世界に羽ばたく事業へと巣立っていくことを期待しています。
5.放射線について科学的に正しく理解しよう
社会一般には、原子力よりも太陽光・風力などの自然エネルギーを利用すれば十分なのではないかとの意見をしばしば耳にします。しかし、太陽光は3kWの発電設備をわが国の人口1億人の一人ひとりが設置し、スマートグリッドを整備したと仮定しても、わが国の年間発電電力量の3割、わが国のエネルギー消費量の1割にしかなりません。これを実現したくとも日本の狭隘な地形などからみて不可能です。
政府のいうCO2の25%削減を実現するためには、世界各国と同様に、経済性に重きをおいた原子力を軸に太陽光、風力で補う以外に現実的な対策は見当たりません。しかも目標達成まで10年程度の余裕しか残されていません。
原子力発電利用を円滑に進めていくためには、国民が日常生活において、宇宙、大地、食べ物から放射線を浴びていることをはじめ、放射線、放射性物質等を正しく理解する必要があります。
NHKの放射線・放射性物質に対する報道姿勢は専門家の考え方より、一般の人が放射線を怖がっている感情におもねていると断定せざるをえません。
今や放射線に関する報道の在り方の見直しが、放射線に係る正しい理解の浸透、温暖化防止の目標の達成のキーを握っていると思いますが如何でしょう。
地球は放射線に満ち満ちた星であり、放射線、即危険という考え方から卒業していきたいものです。NHKもご存じのように最近の学習指導要綱の改訂で、誰もが放射線の性質と利用について正しく理解出来るように義務教育の中学校理科で取り扱うことが決まっています。
6.高レベル廃棄物と解体廃棄物を混同してはいけません
上記2で既に指摘しましたように、この番組では解体廃棄物と使用済み核燃料の再処理廃棄物とを混同し、間違った報道となっています。編集者の理解不足があると思いました。
例えば、番組での近藤駿介原子力委員長の話や小学生の討論会は、高レベル廃棄物についてであり、原発解体に伴う廃棄物とは無関係なのです。この程度の違いは理解したうえで報道していただきたいものです。
なお、高レベル廃棄物については、確かにその最終処分地の選定が日本を含む多くの国で遅れているのは事実です。しかしながら、世界中のどの国も決めていないかのような報道は誤りです。既にフインランド、スウェーデンでは立地が決まっています。
高レベル廃棄物の地層処分問題については、別のNHKスペシャル番組として取り上げていただけたらと期待しています。
7.むすび:21世紀の文明は原子力なくしては支えられない
地球温暖化問題、石油枯渇(ピークオイル)問題が近未来に迫っている中、原子力は今後益々重要性を増していくでしょう。エネルギーの不足する国の発展はありえないことを過去の文明は示しています。
原発解体にかかる費用などは既に電気料金に含まれ将来のために積み立てられています。国民に余分な経済負担をお願いすることなく解体できるのです。
放送に携わる方々も、その重要性を踏まえて視聴者の方々を建設的な方向に先導していただきたいと期待しています。
以上、私どもの考えを率直に申し述べました。これらの考えが、貴殿ほかNHK関係者各位のご参考となることを期待し、今後の放送番組の企画・制作に十分反映されることを強く希望する次第です。
また、冒頭でお願いしましたように、私どもの見解や要望、質問に対し、貴殿側から何らかの誠意あるご回答をいただくことが出来れば幸甚です。
敬具
2009年10月27日
代表
金子 熊夫
エネルギー戦略研究会(EEE会議)会長
竹内 哲夫 日本原子力学会シニア・ネットワーク連絡会会長
林 勉 エネルギー問題に発言する会 代表幹事
青木 克忠 元東芝原子力研究所
阿部 勝憲 八戸工業大学教授
荒井 利治 日立製作所名誉顧問
池亀 亮 元東京電力副社長
出澤 正人 日本原子力発電(株)顧問
石井 亨 元三菱重工(株)
石井 正則 元IHI
伊藤 睦 元東芝プラントシステム(旧東芝プラント建設)且ミ長
岩瀬 敏彦 元独立行政法人原子力安全機構参与
入江 寛昭 日本赤十字九州国際看護大学講師
上田 隆 元日本原子力発電(株)
内門 暉史 青森プラント(株)取締役
緒方 正嗣 佐賀大学キャリアセンター 教授
小川 博巳 元東芝(株)
小野 章昌 元三井物産原子燃料部長
奥出 克洋 米国サウスウエスト研究所コンサルタント
金氏 顕 三菱重工業(株)特別顧問
金子 熊夫 外交評論家、元外交官、元東海大学教授
岸田 哲二 元関西電力副社長
岸本 洋一郎 元核燃料サイクル開発機構副理事長
北田 幹夫 (株)原子力安全システム研究所顧問
楠本 茂 (株)エナジス調査部長
栗原 裕 元日本原子力発電(株)取締役
黒川 明夫 ISO 品質主任審査員
小山 謹二 日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター客員研究員
西郷 政雄 元原産協会
齋藤 修 元放射線影響協会常務理事
齋藤 健彌 元東芝(株)燃料部長
齋藤 伸三 前原子力委員長代理、元日本原子力研究所理事長、元日本原子力学会会長
篠田 度 元日本原子力発電顧問
白山 新平 元関東学院大学教授
末木 隆夫 元東芝(株)
菅原 剛彦 日本原子力学界シニア ネットワーク運営委員
杉野 栄美
税所 昭南 元(株)東芝
世古 隆哉 元東京電力(株)理事
高田 誠 日本エネルギー経済研究所、研究主幹
高野 元太 原子力サービスエンジニアリング株式会社 特別参与
竹内 哲夫 元原子力委員、元東京電力副社長、元日本原燃社長
太組 健児 元日立製作所 電力・計装技術本部長
田中 長年 元(財)原子力発電技術機構耐震技術センター部長
辻 萬亀雄 元兼松株式会社
寺澤 倫孝 兵庫県立大学名誉教授
中尾 昇 元日立製作所原子力事業部松岡強元エナジス社長
中神 靖雄 元三菱重工業
常務取締役、元核燃料サイクル機構副理事長
中村 進 (株)大林組原子力本部技術部
奈良林 直 北海道大学教授
野島 陸郎 元IHI常務取締役
野村 勇 伊藤忠テクノソリューションズ株式会社
林 勉 元日立製作所原子力事業
藤井 晴雄 元(社)海外電力調査会 調査部主管研究員
古田 富彦 東洋大学地域活性化研究所客員研究員
古屋 廣高 九州大学名誉教授
前川 則夫 元げんでんふれあい福井財団理事長
益田 恭尚 元鞄月ナ首席技監
松岡 強 元エナジス社長
松永 一郎 エネルギー問題研究普及会代表
丸山 堯久 元原電
水野 雄弘 元BWR運転訓練センタ社長
武藤 章 元三菱重工(株)
山崎 吉秀 元電源開発副社長
山田 健三 株式会社エコ・クリエーション代表取締役
若杉 和彦 元原子力安全委員会技術参与
渡邉 泰臣 中部原子力懇談会
(合計 64名)
<ご注意>
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エネルギー戦略研究会
(EEE会議) 会長 金子熊夫
電話/FAX:03-3421-0210; E-mail: