我が国の高速増殖炉開発に関する再提言
<日本国にとって高速増殖炉の早期開発と実用化が必要であり、
そのための技術確立と、責任体制の確立が急務である>
はじめに: 再提言に至った理由
我々一同は、本年1月半ばに「我が国の高速増殖炉開発に関する緊急提言」を公表し、高速増殖炉の早期開発の必要性について提言を行った。その後、原子力委員会・新長期計画策定会議は、高速増殖炉の研究開発のあり方について審議を行い、「高速増殖炉サイクル技術の研究開発のあり方について(論点の整理)」(2005/2/10)が纏められた。これによれば、高速増殖炉開発の重要性が再認識され、開発を継続することが確認された。
しかしながら、開発推進を主張する我々の立場からみると、その議論の中に高速増殖炉を早期に開発しようという気概が感じられず、進め方に些かの懸念を感じるので、敢えて再提言を行なうものである。
関係機関におかれては、この再提言を十分斟酌し、高速増殖炉の早期開発とその実用化に向けて、なお一層強力に推進されることを切に希望するものである。
1.エネルギー安全保障確保は常に厳しいシナリオに基いて対処するべきだ
(1) 国民の生命と生活を守るためにはエネルギー安全保障の確保が極めて重要である。特に、エネルギー自給率が僅か4%と極端に低い我が国においては、石油の入手困難さの増大、価格の異常上昇という不測の事態に備えるため、不断の準備が必要である。原子力はその開発当初から、国のエネルギー安全保障確保を主目的として鋭意進められてきたものである。
(2) 我が国のエネルギー政策は「エネルギー政策基本法」と、「エネルギー基本計画」に示されており、その中で、基幹エネルギーとしての原子力発電の推進が明記されているが、遺憾ながら具体案に欠けているように見受けられる。
まず、我が国のエネルギー政策の基本となるエネルギーの需給予測については、総合資源エネルギー調査会需給部会の 「2030年のエネルギー需給展望」最終取りまとめ案(2005/2)に示されており、我が国のエネルギー需給についての詳細な各種評価が行われている。この案は、昨秋作成された原案を基に、その後の石油価格の変動を考慮に入れて修正されたものである。この中で、石油価格について「2030年に向けて穏やかに上昇する可能性がある。ただし中東情勢の不安定化の継続の可能性やテロの脅威、中国等の旺盛な需要等の可能性を勘案すると、現在の水準で高止まることも想定しておく必要がある。」としている。そして、モデル計算における想定モデルは、原油高止まりケースで、石油中心価格$35/バレルと想定している。
この展望は今後人口減少と少子高齢化が予想され、エネルギー消費の伸びも少ないと見込まれる我が国を中心とした需給予測であるが、世界的にみた場合、次のような不測の事態に対する対応が十分示されていない点について不安を禁じえないのである。
すなわち、世界の有力学者や一部の専門家から、「既に石油ピークは過ぎ豊かな石油時代は終わった」との警告も出されており、これを裏付けるかのように、昨年暮以来、原油スポット価格は$55/バレルを再三にわたって越え、近い将来$100/バレルを越えるとする予測も出ている。このような事態になってしまった時日本は果たしてどう対応するのか。当面はともかく、今後益々厳しさを増すと予想される2030年以降の石油需給状況へどう繋げて行くのか。さらに、世界的な規模での地球温暖化問題も今後一層厳しさを加えるであろうが、それへの対応の結果として世界のエネルギー事情が激変したときに日本はどう対応するのか等々の懸念である。
(3) こうしたエネルギー需給についての不測の事態(最悪のシナリオを含む)への対応を原点に据え、さらに、今後一段と厳しい規制が要求される二酸化炭素排出量削減を視野に、エネルギー安全保障確保に向けて、各種石油代替エネルギー、なかんずく原子力開発に力点を置いたエネルギー計画を確立すべきであると考える。
これまで原子力発電は世界の石油需要の低減に大きく貢献してきたが、今後、石油価格が高騰すれば原子力発電の経済的競争力はさらに向上し、原子力発電の果たすべき役割は増大すると予想される。軽水炉だけでは役割が限定的であるのに対し、高速増殖炉は燃料サイクルの改善、マイナーアクチニド消滅処分等への期待に加え、軽水炉のウラン利用率が潜在エネルギーの1%以下に留まっているものを、60倍に高める可能性を秘めている。貴重なウラン資源の有効活用の意味からも、高速増殖炉の早期開発の重要性は明らかである。
(4) 原子力委員会では核燃料サイクルの完結と、高速増殖炉の開発の重要性について、既にその方向が明示されている。そして、高速増殖炉はほぼ40年にわたり国の重要施策として開発が進められてきた。しかしながら、原型炉「もんじゅ」の事故以来、その開発努力は停滞気味であると言わざるをえない。時代の進展により、優れた技術が自然に芽生えるというものではない。高速増殖炉の開発は石油価格上昇の可能性に対処すべく早期に完成させ、2030年以降に予測される現用軽水炉のリプレースの一部に間に合うよう計画すべきである。
(5) 翻って世界の高速増殖炉の開発の現状を見ると、ロシア、中国、インドにおける動きが特に目立つが、これらの国においては、国家予算を重点的に投入して進められている。最近に至り、米国でも原子力政策を大きく転換し、燃料再処理の復活と、次世代炉として開発しようという「第4世代炉」で、その候補の半数に高速増殖炉が採り上げられている。
科学技術創造立国を標榜し、原子力技術先進国を自負する我が国としても、高速増殖炉の実用化ができるだけ早期に実現するよう、この際国が進んで開発計画を明確に示し、技術開発のための所用資金を拠出するとの基本姿勢を固めるべきである。
2.2015年までに高速増殖炉の実用化像を自信を持って提示せよ
(1) 原子力委員会・新長期計画策定会議では、上記の「高速増殖炉サイクル技術の研究開発のあり方について(論点の整理)」の中で、「国は2005年度末を目標に核燃料サイクル開発機構(JNC)が各機関の協力を得つつ進めている『実用化戦略調査研究』フェーズUの成果を評価し、研究開発の方針を提示する」とし、引き続きフェーズVが「高速増殖炉サイクル技術の適切な実用化像とそこに至るまでの研究開発計画を2015年頃に提示することを目的として行われ、その結果をみて、国は2015年頃から、適切な実用化像と研究開発計画の検討を行う」という方針を示している。
(2) フェーズVの研究結果から実用化にいたる道程を考えてみると、開発資金の供給と、設計思想を始めとする、スムーズな技術移転が極めて大切であると考える。
従来、国の原子力大型技術開発は自己完結型で進められ、プラントメーカーの活用が十分でなく、研究開発の資金も適切に供給されなかった等の反省点があるのではないかと危惧するものである。
原子力委員会・新計画策定会議が最近とりまとめた「エネルギーと原子力発電について(論点の整理)(案)」(05/03/29)によると「高速増殖炉については、プルサーマルなど核燃料サイクル事業の実績を踏まえつつ、経済性などの諸条件が整うことを前提に、商業ベースで2050年頃からの導入を目指す。」と、従来考えられていたよりも少し遅めの目標設定がなされている。
しかし、商用高速増殖炉を仮に2050年に運開しようとすれば、決して余裕のある工程ではない。少なくとも2015年までには、実証炉建設に向けて、直ちに採用できる“実用化像”を示すことが是非とも必要である。
高速増殖炉開発技術者が完全に現役を去ってしまわないうちに、産業界を含め我が国の総力を挙げて、過去の経験から得た教訓を生かし、緊迫感と危機意識を持って、技術確立を促進する必要がある。
(3) JNCにより現在進められている「実用化戦略調査研究フェーズU」では4種類のFBR概念について、同時並行的に開発研究が進められている。そのため、戦力の分散が懸念される。乏しい予算の重点的利用のためにも、少なくとも2006年3月に予定されているフェーズUの報告書提出までには、今までの研究実績、技術的実現性のハードル等を考慮し、実用化に最も繋がる可能性の高いものに一本化を図るべきである。
(4) フェーズUに引き続き実施されるフェーズV「高速増殖炉サイクル技術の適切な実用化像とそこに至るまでの研究開発計画」は、JNCが2006年3月までに発表する「実用化戦略調査研究フェーズU」の成果が基本となるであろう。
このフェーズUの設計はコストダウンを狙った斬新な設計であると考えられる。フェーズVにおける実用化像の構築と、実用化段階での手戻りによる無駄を避けるために、JNCの評価に加え、実用化の担い手である電力と、製造・品質に責任を持つことになるプラントメーカーを参加させ、独立した組織体として、責任ある立場で成立性について評価を行なわせることが必要である。
(5) その上に立って革新的要素技術の開発と、工学規模の確証試験を実施し、信頼性を実証することが必要である。それに基づき、2015年までのフェーズVにおいて、プラントメーカーによるプラントの詳細設計を実施させ、設置許可申請に向けての準備作業を終了し、それと共に経済性についての裏付けを明確に示すことが必要である。
これらの検証には国が十分な資金を出すことが肝要である。
そのような評価を経て初めて、自信を持って大方の批判に耐えうる“実用化像”を作り上げることができ、実証炉建設に繋ぐことができるものと考える。
(6) それと共に大切なことは、本開発研究を的確なものとするため「もんじゅ」を有効に活用し、運転・保守・トラブル対応の経験から適切な改善案を示し、実証炉の設計に反映させること、さらに「もんじゅ」を利用して、実証炉に採用される技術や機器の実証テストを実施することである。
3.高速増殖炉実用化検討委員会(仮称)を設置し責任体制の確立を急げ
(1) 我が国の原子力研究開発としては、高速増殖炉のほかにも、初期の各種基本的原子力研究を始め、新型転換炉(ATR)、燃料再処理、ウラン濃縮等の商用化前の研究開発が精力的に実施され、一定の成果を挙げてきた。
しかし、研究開発は国、実用化は民間がこれを引継ぐという所謂バトンタッチ方式は、研究成果の実用化段階で、特許問題や技術移転の有償化問題という観点から、基本設計思想や不具合情報等の情報開示問題等に重大な障害があり、民間への技術移転がうまく行かない点があったとの危惧を抱いている。この苦い経験から、我々は、研究開発から実用化まで、一貫して責任を持つ、継続した体制で推進することが極めて大切であるとの教訓を得た。
(2) JNCのフェーズV研究の成果として“適切な実用化像”が示された場合、これを実証炉建設へ円滑に繋げるためには、フェーズV研究の早い段階において実証炉の実施主体が決定されていることが是非とも必要である。
JNCが改組される予定の新法人では、実証炉の建設は法的にもその業務外としている。実証炉の建設・運転は当然経済産業省の所管となると考えられるが、その場合も、過去経験した技術移転上の障害を排除することが必要である。とりわけ、燃料製造・再処理、マイナーアクチニド消滅処分等、核燃料サイクルを含む一貫した高速増殖炉サイクル開発に関し、研究開発から実用化までを一貫して責任を持つ体制を整備することが急務である。
(3) 実証炉の実施主体は、将来商用炉の建設・運用を期待される電力事業者であることが自然であるが、技術の成熟度、初期燃料の供給、当初の再処理施設の建設、建設資金の負担程度によっては他の形態にならざるを得ない場合もあろう。電力自由化の現状にあっては、国の大幅な関与が欠かせないが、いずれにしても、実施主体が一元的責任を持って開発を推進する体制とするべきである。
(4) 実施主体を決定するに当り特に留意すべき点は、高速増殖炉計画およびそれに関連する燃料サイクル技術は、当初からJNCが主体となって開発を進めてきたことで、JNC以外の組織では一貫したノウハウを所持していないという事情がある。従って、この実施主体にはJNCでこれらに関連する開発に携わってきた主力メンバーを中核に取り込み、重要な判断に参画させることが肝要である。
(5) これらに付随して、特許を含む完全な技術移転のあり方の確立が必須である。この技術移転は関連するプラントメーカーにも供与されなければならない。このためには国による開発技術の技術移転のあり方について法律改正も含め検討することが必要となろう。
以上、実証炉建設から実用化炉建設にいたる諸問題について我々の考えを述べたが、これら諸問題を解決し、実施主体の選定をはじめ、合理的な体制を構築し、高速増殖炉の開発を一層強力に促進するために、内閣府・原子力委員会の下に、文部科学省、経済産業省、JNC、日本原子力研究所、電力、プラントメーカー、学識経験者等から構成される「高速増殖炉実用化検討委員会」(仮称)を早急に設けることを、前回の提言に続き、ここに重ねて強く提案するものである。
以上
2005年4月19日
エネルギー環境Eメール(EEE)会議 及び
エネルギー問題に発言する会の
有志会員一同
秋山 元男 元石川島播磨重工業(株)
阿部 進 元東芝
天野 治 東京電力 原子力サイクル部、日本原子力学会企画委員
天野 牧男 元石川島播磨重工業 (株) 副社長
安藤 博 元東芝
飯利 雄一 (社)日本原子力産業会議常任相談役、元信州大教授、元文部省視学官
池亀 亮 元東京電力副社長
石井 亨 株式会社エナジス顧問、元三菱重工
石井 正則 元石川島播磨重工業(株)
石井 陽一郎 エネルギー問題に発言する会
伊藤 睦 元東芝プラント建設社長
小笠原 英雄 NUPEC技術顧問(元理事)、元日立
小川 博巳 非営利活動組織
エネルギーネット 代表
奥出 克洋 米国サウスウエスト研究所 コンサルタント
金氏 顯 三菱重工業 特別顧問
金子 熊夫 EEE会議代表、前東海大学教授、初代外務省原子力課長
川上 昭二 元三菱重工神戸造船所技師長、元原子力機構理事耐震部長
北田 幹夫 褐エ子力安全システム研究所、元関西電力
木村 正彦 中部電力株式会社 調査役
黒木 義康 元三菱重工(主査)
黒田 眞 (財)安全保障貿易情報センター・理事長、元通商産業審議官
神山 弘章 電力中央研究所名誉研究顧問
小杉 久夫 元中部電力
後藤 征一郎 元(株)東芝 首席技監
小山 謹二 (財)日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター 客員研究員
西郷 正雄 日本原子力産業会議 参事
斎藤 修 元放射線影響協会常務理事
齋藤 健彌 元東芝
佐藤 友巳 東芝 主幹
柴山 哲男 (株)クリハラント 営業本部長
清水 昭比古 九州大学 教授
下浦 一宏 エネルギーコンサルタント、元関西電力(株)
白山 新平 関東学院大学 教授
杉 暉夫 元日本原子力研究所
鈴木 誠之 元清水建設役員
税所 昭南 元東芝
高木 伸司 NPO法人 放射線教育フォーラム理事
高島 洋一 東工大名誉教授
太組 健児 元NUPEC、元日立製作所
竹内 哲夫 東京電力顧問、元副社長、前原子力委員
田中 義具 元軍縮代表部大使、元ハンガリー大使
辻 萬亀雄 元兼松株式会社 エネルギー本部
永崎 隆雄 日本原子力産業会議アジア協力センター調査役、元動燃北京事務所長
中尾 昇 元日立製作所原子力事業部 技術主管
長尾 博之 元東芝
中神 靖雄 三菱重工業(株)特別顧問、前JNC副理事長
野島 陸郎 元石川島播磨重工業常務取締役
長谷川 捨登 元東芝
林 勉 エネルギー問題に発言する会幹事、元日立製作所
林 喜茂 芝浦プラント(株)社長
笛木 謙右 日本原子力防護システム 顧問、前社長
星 璋 元日本原子力防護システム 常務
益田 恭尚 元東芝(株)首席技監
松岡 強 株式会社エナジス社長
松永 一郎 エネルギー問題研究・普及会 代表
三村 泰 新型炉技術開発株式会社 社長
武藤 正 元動力炉・核燃料開発事業団 核燃料部長
森島 茂樹 元四国電力
山崎 吉秀 電源開発株式会社 常任顧問、元副社長
山名 康裕 月刊「エネルギー」編集長
山村 修 株式会社ペスコ 代表取締役社長
吉田 康彦 大阪経済法科大学教授、元IAEA広報部長
和嶋 常隆 元日立製作所
以上 63名